浮気されて復讐したい、と思った時に

離婚するために調査する人

別居するために調査する人

縁を切りたいがために調査する人

相手の本性を見つけるために調査する人

などいろいろな人が探偵に調査を依頼する。

 

特に浮気の調査の中では

「あの野郎ゼッタイに許さない」

と言い続ける人もたくさんいる。

 

浮気した当人と相手に復讐したいと思う人は多かろう。

 

 

浮気の復讐といっても

「自分も浮気してやる」

ではまったくバカげた話しだし愚かな選択である。

 

 

復讐するは我にあり

という言葉が聖書に出てくる。

「我」とはやられた自分のことではなく

「神」自身のこと。

 

復讐は神のすること、

     神がお前に成り代わって復讐する

ということである。

自分が復讐しても罪人が増えるだけである。

相手と同じレベルになることを戒めている。

 

とは言っても

やられて悔しい思いをして

泣きたくなるような思いをして

「仕返ししてやりたい」

と思ったら

自分が同じことをするのではなく

法律という神を味方に付けて戦うしかない。

 

 

奴隷じゃないんだから

泣き寝入りなんぞ愚かな選択だし

地獄の日々がこれからもずーっと続くようなものである。

それがイヤなら奴隷のような日々から解放されるよう

戦うしかなかろう。

 

 

同じく聖書では

右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ

などという言葉がる。

無抵抗主義とか敵を愛せなどといろいろ解釈されているが

そんなことはさておき

誰が言ったか忘れてしまったが

右の頬を打たれたら(相手の)左の頬を打ち返せ

という言葉が気に入っている。

マルコムXだったかな、それともぜんぜん違うのか。

 

マルコムXについてはここを参照

 

 

ダンナや妻が

浮気した、不倫したということで

自分自身でそれぞれに復讐したり

同じことやり返すの愚の骨頂である。

自分も同じような罪人になってどうする?

 

どこまで味方についてくれるか判らないが

法律という神に助けを委ねるしかない。

そうして相手の頬を打ち返すのである。

 

 

浮気ばかりではない。

モラハラやDVだって同じである。

やられたから自分もやり返す

では愚か者である。

もっと有効な方策を考えて

相手をねじ伏せることを考えろ。

相手は自分より「手練の者」であることを忘れるな。