「私、頭オカシイでしょうか?」

浮気調査を依頼してくる人

浮気されてその相談をしてくる人

DV被害に遭って相談してくる人

そんな人たちが話しの途中でよく発する言葉である。

 

配偶者(多くの場合ダンナ)が浮気していることを察知して

調査しようか迷っている時や

察知以前の「なんとなく怪しい」という直感を持った時

「浮気しているんじゃないか」と日々怪しんでいる時

 

こんなことを思っている自分は

頭がオカシクなったんじゃないか?

 

とある瞬間思うのである。

そんな時、出てくるのがこの言葉である。

 

 

浮気しているというのは妄想か?

相手を信じていないのか?

そういったことが頭の中でグルグル回っているうちに

自分がオカシクなったかのように感じるのである。

 

自分がオカシイのでは?

と思っているのであればまだ正常である。

ホントにオカシクなったら

そんなことは思わないものである

 

 

ただし

浮気を怪しむくらいまでは正常だが

浮気相手を殺そうとか

相手を不利な状況に追い込んでやろうとか

社会的に抹殺してやろう

などと思うようになってはオカシイ。

 

 

 

DV被害も似たようなものである。

支配されて奴隷のような生活から逃げたいと思った時

「こんなことを思うのは自分がオカシクなったんじゃないか?」

と頭に浮かぶことがあるそうである。

 

 

 

DVでなくても

異常なほど決まりごとを作る配偶者でも同じである。

「晩ご飯は、7時の時報と共に食べ始める」

「昼ご飯は、12時の時報と共に食べ始める」

なんてことを決めている人だっている。

 

 

服の畳み方が決まっている人もいる。

靴の揃え方が決まっている人だっている。

洗濯物の干し方、並べ方が決まっている人もいる。

 

自分だけで完結するなら構わないが

家族がそれにつき合わされていることがダンゼン多い。

 

しかも

それらが実行されないと暴れるので始末が悪い。

 

そんな生活をオカシイと思った時

オカシイと思った自分がオカシイのではないか

などと考えたりする人もいるのである。

 

頭まで支配されているのである。

もはや奴隷である。