本当の顔は知らない

昨日書いた「車両尾行」で思いついた。

普段の様子や顔からは想像できないような運転をする輩は多い。

それと同じように

普段の様子などからは想像できないことはたくさんあるのである。

 

浮気調査で、相手とイチャついている様子をビデオに撮れば

「こんな嬉しそうな顔見たことない」

と依頼人の妻から言われるのは毎度である。

 

町を歩けば、手をつないでニコニコ

さらにはピッタリ寄り添って歩く姿。

 

店に入れば、機嫌よさげにニコニコ

そして饒舌に喋る様子

会計時には、自ら進んで財布を出して支払う姿。

 

まぁ、当然なのであろうが

妻たちはこんな顔は見たことがないようである。

いや、あったとしてもはるか何十年も前、

結婚前、交際していたころ経験したような姿であろう。

 

もはや「記憶の彼方」の人は多いが

中には

そんな経験は「まったくナイ」という哀れな妻も実在する。

 

自分の置かれた状況や結婚した状況を

女中、メイド、飯炊き女、子作り子育て担当だ!

などと自嘲する妻もたくさんいる。

 

話しが脱線したが

それくらい「いつも見る顔」とは違う顔を持つのである。

最近ニュースに出ていた児童ポルノの通販でも

固い職業の人がずらりと出てきたらしい。

 

運転すると人格が変わるのと同じように

家を出ると人格が変わる

会社に行くと人格が変わる

浮気相手といると人格が変わる

怒ると人格が変わる

ばかりではなく

誰も知らない顔というのがあるのである。

 

心理学で出てきた言葉で

「四つの自分」というのがあった。ジョハリの窓にも似ているが

世の中には「四つの自分」があるという話し。

 

自分が知っている自分

 

他人が知っている自分

 

自分も他人も知らない自分

 

本当の自分

 

普段でさえこれだけあるのだから

相手の本当の顔なんぞ判るわけないのである。

それを

判ったつもり、知ったつもりでいるからエライことが起きる。