万物は流転し、人の心も変化する

夫や妻など配偶者の浮気や不倫、恋人の浮気や不倫、不倫相手の浮気などをいろいろ見てきて調査してきて思うのは「万物は流転する」という言葉。

これはギリシャの哲学者ヘラクレイトスのものだが、「同じ物でも時間の経過と共に変化する」と看破し、それを「誰も同じ川に二度入ることはできない」と表現している。水は流れ続けていてもう一度入ったとしてもその水は先ほどの水ではないからである。

方丈記を書いた鴨長明も冒頭の部分で

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」と言っている。

平家物語も冒頭で「諸行無常」と書かれ「同じ状態であり続けることはない」と言っている。

結婚した時の気持ちも、交際を始めた時の気持ちも同じように変化し続け「ずっと同じ気持ち」であるのは困難が伴う。まさしく「千変万化(せんぺんばんか)」するものであろう。

「気持ち」だけではなく世の中のすべてが変化を続け、元の状態に戻ることはあり得ない。最近よく使われる「コロナ前、コロナ後」などはいい例であろう。企業社会だって栄枯盛衰を繰り返している。

そうやって考えると浮気問題も同様で「結婚した時」の状態が未来永劫続くのは難しい、というかほぼ不可能なのかもしれない。交際していたとしても「最初の気持ち」を維持し続けるのは不可能だろう。

皆この根本を忘れ、結婚したり交際を始めたことで安心してしまい「釣った魚にエサをやらない」ということを続けるから問題が起きる。釣った魚にはエサをやり続けなければいけないのである。

エサといってもプレゼントという意味ではなく「注意や関心」を持ち続け、ある意味、相手の気持ちを「観察」して対応していかなければイカンだろ。放っておくから「流転」「無常」となって心がどこかへ流れて行き「久しくとどまることなし」となる。

病的な浮気というのもあるが、それでもやはり「人の心は千変万化する」ということを忘れてはイカンと思う。今の状態に安心して日々を送っていると配偶者だろうが不倫相手だろうが気持ちは「流転」してどこかへ流れて行ってしまう。

行く川のながれはたえずして