「なんでそんなことをするのか判らない」という人へ

乱脈な浮気、際限の無い不倫、毎日続くDV、こういう経験をしている人から調査相談を受けていると大部分の人が「なんでそんなことをするのか理解できない」と言う。

そりゃ「病気」だから、「障害」があるからそうなるのであって、そんなことを知ってどうする?

あなたが治療するのか?病院へ連れて行くのか?こういいうことを延々と繰り返す人間は治らんぞ。

人は自分が判らないことに遭遇するとその「理由」や「根拠」を知ろうとする。しかし知ったからといってこういった問題は「どうなる」ものでもないだろう。理由を知ろうとしてどんどん深みに嵌っていって、抜け出せなくなったりしたらエライことであろう。知ったからと言って「将来」そういう人に遭遇した時のために役立てようとしているのか?それとも興味半分で知ろうとしているのか?

そんなことを知ろうとするより「早く諦める」か「危険から逃げる」かした方がよほど自分のためになると思うのだが。

ニーチェの言葉に

深淵を覗く時、深淵もこちらを覗いている

というものがある。「ミイラ取りがミイラになる」と似た意味を持つ。要は、「怪物と戦う過程で自分自身も怪物とならないよう注意せよ」という戒めである。

行動が判らないからといって、より深く相手を知ろうと接近し過ぎると部分的に「相手」と似た思考に嵌ってしまう。そういう連中の思考や行動は「妙に」納得できる理論があったり、論理的で理解しやすい考えであったりする。そこに共感したり納得してしまうと引きずり込まれるから「深淵」は恐いものである。

「朱に交われば赤くなる」とはよく言ったもので、最初は受け入れがたい論理でも交わっていればだんだんと同類になってくるのである。犯罪だって同じだろう。「イケナイことだ」と思っていても感覚がマヒして受け入れてしまう。彼らの思考を「覗き続ける」ことで「オカシイのは自分かも」となってしまう人だってけっこういる。相談していて「私、オカシクありませんよね?」と言う人もいる。

こういっているうちはまだ「深淵」に嵌っていない証だ。

誰もいない