自分の直感を信じろ、その直感を否定するな

探偵関連の書籍を見ると「これで浮気がバレる」とか「夫の浮気を見破る方法」などがいろいろ書かれているが、どれも似たり寄ったりで意味が無かろう。

見破るがかどうかなんて関係無い、怪しい傾向があるかどうかだけであろう。

怪しいというのは、挙動、言動、行動などであり、感覚的に「ピン」と来るかどうかだけだ。

「あーしたから浮気している」「こーしたから浮気している」等といったハッキリ判る現象を見て感じるようではアマイアマイ。そんなことをまったくせずに堂々と浮気しているのだっているからだ。

 

浮気や不倫がバレない第一の原因というのは「配偶者に対して無関心」なこと。無関心というのは「放置する」とか「信じてきっている」ということではなく、「興味を持たなくなっている」ということ。人間物事に興味を持たなくなったらそれは「存在しない」ことと同じである。

興味が無いから「何が起きていても」無関心でいられる。興味が無いから「些細な変化」に気付かず鈍感なのである。ここでいう興味というのは監視することでも観察することでもない。何となく漂うモノを察知する能力のことだ。昔の人が言った「第六感」とでも言った方がよいかもしれん。だから「ピン」と来るかどうかの問題といえる。

一緒に暮らしていてこれが働かないのであれば「能力が退化」てしまったか、家庭では使う必要もなく「すべてを信じて」暮らすようになったのだろう。

それか、勘が働いても「自分の思い」を否定することで打ち消しているのかもしれない。妄想から来るものではなく、肌で感じる勘はとても重要で当たっていることも多い。

 

さて、配偶者のそんな勘が退化したり思いを否定することで浮気がバレない輩もいれば、鋭い配偶者の勘を潜り抜け浮気に没頭しているのもいる。「心の病」と称する一連の病気というか障害の中にあるパーソナリティー障害である。

その種類や名称は症状ごとにあるようにも思えるくらい複雑だがその中でも、騙す・虐げる・踏み台にする・巻き上げる、といったことをする傾向にある輩はウソが非常にうまい。

ダマすのが上手いのは「あっちの顔とこっちの顔」が違うからで、もっといえば「あっちの人格とこっちの人格」が違っている。普段はAの人格で浮気する時はBの人格だったりするのもおる。人格が変わると記憶や証拠の保管場所も変わるのでさっぱり判らないケースもある。人格が変わると「顔つきが違う」「目つきが違う」「話しかたが違う」「声が違う」「考え方が違う」となってまったく別人に変わってしまう。

演技してるから演技性の障害か?と思う人もいるだろうがあれは「他人の関心」を欲して行動するので浮気では目立ってしまうだろう。自宅ではなく、浮気相手となら有り得るかもしれん。そして欲している自分自身がいるので人格が分かれている訳でもない。

 

で、浮気していてまったくバレない連中の中にはこんな傾向の人もいて、配偶者にとっては「第六感」も働かないので困ることもある。あるが、浮気ではなく「普段の生活行動」に見え隠れする「障害の傾向」があったりして浮気ではなく本質に気付くこともある。

不倫相手からの調査依頼でも「こんなことをさせる」「こんなことを言う」等と聞かされ「もしかしたら」という輩もけっこういる。「それじゃ~こう言わない?」とか「こんなことしてない?」と聞くとだいたいが当たっている。そしてこういうのに限って奥さんにはバレていないか、放置されている。

こういった輩は「もしも」奥さんが察知して調査を始めたていたら不倫相手を「数珠繋ぎ」「芋づる式」で成敗できたであろうに、と思うこともシバシバである。

配偶者の不倫や浮気を潰したい・

発見したいのであれば、

もっと自分の直感を信じるべきである。

浮気を見つける入り口