浮気退治、虐待生活、結婚離婚。みんなの成功談よりも「失敗した」話しを聞きたい、という意見

うちもそうだが、どこの探偵事務所もサイトで「こうやって成功した」「これで無事離婚できた」という記事が書かれている。しかし、成功した話しは余り好かれない。

やはり「他人の不幸は蜜の味」なのかもしれないし、成功した人の話しは「うまくいったからでしょ」という気持ちもあるのかもしれない。

自分よりも「うまく」いった人の話しよりも、もっと悲惨なことになっている人の話しを聞いて「安心」したいのかもしれない。

ネットフリックスの映画で「全裸監督」という「AV監督の村西とおる」を描いた映画がかなりのヒットを飛ばしていたが、彼が書いた本のタイトルで「人生、死んでしまいたいときには下を見ろ、俺がいる」というのがあった。

みんな「自分より下」にいる人を見て、安心し、なんとかしようと努力しているのであろう。

不肖の下に依頼してくる人、相談してくる人も、他人の成功談を聞いても「あまり役に立たない」という意見が多い。みんなが「どうやって失敗したのか」「何がいけなかったのか」という点を知りたがる。他人の失敗から自分が取るべき道、方策を考えようとしているのかもしれない。つまりは「失敗の研究」である。科学技術においても「成功した話し」よりも「失敗した話し」の方が重要である。他人が失敗したことをぜ~んぶしなければ「ほぼ成功」するに決まっている。

マキャベリの言葉に「天国に行きたければ、地獄へ行く道を熟知せよ」ともある。

他人が地獄へ行った道をすべて知ることで、自分がその道を選ばないように気を付ければ天国に行ける、ということだ。

ということで、不肖の事務所で扱った事案の中からいくつか今後書いて行こうかと思っている。どれも似たような話しが多いのだが、「どこ」の「誰」かは判らないようにボカしながら(当然)書いていこう。すでに書いたブログの中にも使える記事があるので、これらは新しいカテゴリーに移行させる。カテゴリーのタイトルはそうだな「みんなの失敗」とでもしようか。

これを読んで「まだ下にいる」と思って安心しきってはイカンぞ。こうやったらイケないんだ、と自覚してほしい。

生きる望み