事実を突くと「キレて大声で騒ぐヤツ」、それは自己愛が異常なほど強い証拠だ

浮気する輩でも、職場でも、知り合いの中にもいるわなこんなヤツ。

うちにとっても身近な浮気者を例に挙げると、浮気の事実を言うと大声で「ウルサイ」「黙れ」「証拠はあるのか」「証拠を見せろ」などと騒ぐ連中がよく登場する。人間関係には「上下の関係しかない」と思っている。

こういう人は一般に「マウントを取る」とか「マウンティングする」などと言われる。常に自分が相手より「上位」でなければ気が済まない人であり、ある意味「自己愛」や「自己正当化」が他の人より強い人となる。

学歴や出身校、大卒か高卒か、仕事の処理速度や使える機器の有無、出身地が都会か田舎か、着ている服や日用品が高価か安物かなどなど、あらゆる対象から「自分が優位」に立てるものを探し出し見つかれば「それだけ」にスポットライトを当てて騒ぐ。

往々にして、浮気を突かれて騒ぐ輩も上記のような相手(妻)の「何か」を見つけ出してそれを攻撃し「自分の優位性」を強調していた。怒ると地方出身をバカにしたり、高卒であることをバカにしたりいろいろである。

「自分が一番」という人の多くは「自己愛」が強い傾向にあり、それを「否定」するような言動や「周囲の行動」には我慢ができない。我慢ができないから相手を圧倒させるために他の手段として「自己の優位性」であるものを持ち出し、それで自分の気持ちを宥めたり落ち着かせたりする。それが無い、利用できるものが無い場合にはカンタンな方法として大声を出して「恫喝」することになる。ゴリラが敵を怖がらせるために胸を叩いて音を出す「ドラミング」と同じことであろう。

 

こんな行動をする人はどう考えても「自己愛性パーソナリティー障害」の傾向にあるとしか思えない。

周囲からの称賛欲求、自己正当化、承認欲求の異常な強さ、業績や才能の誇張、劣っていると思った人への高慢な態度、他人への嫉妬心などなど、自分のダンナや職場の同僚を見ていてそんな傾向は無いか?

自己愛や自己正当化が強いことで「自分の地位向上」を具現化する、相手よりも「ポテンシャル」が高いことを周知させる。1970年代後半のカンボジアで大虐殺が起きた時の政権は「ポル・ポト」と名乗る男が政治指導者であった。ポル・ポトとは「ポリティカル・ポテンシャル」、つまり「政治的優位性」を意味していた。

浮気の事実を突いて大騒ぎする夫であるなら、家庭内で「相手に負けない、相手に実権は握らせない」といった「政治的優勢」の奪い合いが起きているのかもしれん。カンボジアのような大虐殺は起きないにしても完全な「奴隷化政策」がやがて敷かれるのは経験からいっても間違いないと思う。

「奴隷化政策」することで反撃をする気力すら失くし「言うことを聞くだけのロボット」となるのがオチであろう。

そういう輩に限って愛想が良いので外部からは実情が判らない。周囲に家族の悪口を言い触らすのもたくさんいた。そうすることで家族、特に妻はどんどん孤立化していきもはや「助けを求める」気力さえ失う。こうやって自己愛が強い連中は敵を無力化し優位性を維持することとなる。

 

自己愛性パーソナリティ障害